子供に誇れるか?

子供達と大人達に、年1回とはいえ、十何年も劇をみせる片棒を担いできた。

最近の子供は、大人になりたがらないことが多いらしい。
大人になっても、楽しいコトなんてないとか、
そんな風に、周囲の大人達や、テレビなどを見て思うそうだ。

世間的に大したことのない大人が言うのもナンだけど、
そりゃ、大人が大人になりきれてないからだろうと思う。

最近になって、思い返してみると、子供の頃、大人になりたかった。
なぜならば、子供のうちは、本当の自由は与えられてないからだ。
うちの親は、ごく普通に育ててくれた。
ちゃんと子供の出かけるところを見ていて、余計なことをするのはだいたい阻止された。 悪いことをしていたのも、すぐにバレて、徹底して恥じを知らされた。
あんまりにも、言うことをきかないと顔だってぶたれたし、出て行けと言われて、外に出されたこともある。
親子で一緒に食事をしたことも、旅行したこともあるし、台所仕事も、日曜大工のまねごとも、トランプとか凧あげを教えてもらったりもした。
楽しいこともあったけど、決して野放しに自由だったことはない。
親の管理下にあったし、実際、守られて生きていた。
そこから外れようとすれば、一人前ではないのだからと叱られた。
わがまま言って、好きなようにしたいなら、一人前になって自分で稼げるようになってからやりなさいと言われた。 子供心に、それじゃ遅いんだとも思ったりしたが、そのおかげで大人になりたいという意識は高かった。

ただし・・・、見ていて、つまらないな~と思う大人になりたかったワケではない。
私にとって、大人とは自分で選ぶことができ、自分の手でなにかをやる人であり、つまらない世界で、黙々と生活する人ではなかった。

今、子供達に胸をはって、大人っていいんだぞ~!とマジで言える。
だってさ、子供なんかより、遙かに自由だし。
やりたいことだって、子供の時よりずっとやれてるし。
やりたくないことだって、必要とあればこなせるし、
誰かにやってあげられることだって、子供の頃からすれば格段に増えた。
大人になるのって、やっぱり楽しくて嬉しいことだったよと伝えたい。
たとえ、世の中は荒んでいても・・・である。
それをなんとかしたいなって思って、行動できることを考えられるのも大人として社会を知っているからである。

今、子供で、自分のやりたいことがあって、本当に自由にそれをやりたいなら、今やるべきことをやって、やれることをやって、それを手に入れ、やりぬく力をつけることだ。
それは子供の持っている「育つ」という権利だろうと思う。

子供の時には翼があった・・・なんていうけど、そんなことない。
大人だって翼をもっている。使い方を忘れてるだけで。
本当の大人は翼を使える。自分の脚で大地に立つ力を持ち、
自分勝手ではない自由を知っている。
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by yui-aoyama | 2007-01-30 01:05 | 人・自然
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