演じることの効能

・・・ボランティアで訪れた老人ホームで、認知症の方々と話をしても、
ああ、そうなの・・・と普通に会話ができること。

突拍子もない話、子供だましな話、いろいろ取り混ぜて、
それぞれの世界観を垣間見るのは、不思議な感覚。
人とは何か。。。がぼんやりとした輪郭で見えてくる。


日々を暮らしていて、
ひとつひとつは、どれも些細なことで
けれど、どれもが大切な刻を刻んでいる
愛する人が示してくれたことごとを
どう物語に現せばいいのだろう
名も知らぬ人々の、ほんの小さな微笑みの瞬間を
そのぬくもりのやわらかさを
どうしたら、演じ伝えられるだろう
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# by yui-aoyama | 2009-01-26 23:59 | 演じる

クロスロードアクターズクラブの1月公演

1月24-25日に、六本木の俳優座で、
クロスロードアクターズクラブが、芝居をうつ。

「タバコロード」という、アメリカの貧困な開拓民の悲哀の話。
親子劇場の演目とは違って、歌などがない、ストレートプレイだ。

その芝居用の衣裳の準備をしている。
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# by yui-aoyama | 2008-12-20 14:32 | 裏方

稽古をしててのいろいろ

朝から子供達の稽古。

ひさしぶりに複数でやれる!!

一対一の稽古は、細かく見ていける利点はあるけれど、

子供は一人で芝居をしたり、読んだりということは少ない。

できれば、複数で共同作業をできる方が楽しいし、為になる。

(子供の頃、共同作業が本当は苦手だった私がこんなことを言うようになるって……面白い)



子供というのは、本当に成長が目に見えて早い。文字通り目に見える。

相手と目が合うと、照れて笑ってしまって、うまく台詞を返せない。

なぜ照れて言えないとやり直しさせられるか・・・・・・を話す。

たとえば・・・・・・

さっき、私が真剣に相手に伝えることをまず第1目的にするのは決して忘れてはいけないと話した時には、目があっても笑わなかったでしょ?それは、真面目な話だって、笑ってちゃいけないなって感じるんだよね。自分も笑わない気持になってるはず。 お芝居は本当のことではないけれど、真面目な話をしているってのを本当のことのように観ている人に伝えなきゃいけない。だとしたら、舞台の上にいる人は本気になって、台詞でやりとりをしなきゃだめだよね。お芝居の内容以外で、リアクションしたら、集中できてないってこと。 最低限それはできないと、それ以上のことはなにもできない。で、お芝居を創る醍醐味ってのは、その先にあるんだよね。せっかくわざわざ稽古しにきてるんだから、その先までいかなきゃ、つまんないでしょ?

・・・・・・実はこれ、芝居に拘わらず・・・である。芝居・朗読、会議やプレゼン、音楽・・・。

人が人間であるのは、1人1人の間に何かしらの違いや距離があって、それを越えて交流をするからだと、昔どこかで聞いた。 楽しい、面白いということと、交流する相手に対する誠意、真心というのは、相反するものではない。

数ヶ月~半年くらいの間に、スルッと変わっていく子供達。

何をやりたいの?と聞いても「う~ん・・・」と口ごもっていた子が、「お芝居」だの「朗読」だのと言い出す。 本当のところ、はじめは大人が望む答えを言わなきゃと思っていたフシもある。 

実際にそれをやれるかはともかく、まずはその時点で自分が何をしたいかをみつけることは、とても大切なことだ。自分がどっちを向くか、どこに立っているかを知らなければ、やりたいコトへの道はムダに長くなる。遊び・豊かさの為のムダは大切だけれども、闇雲に進むムダはなくてもいい。

(あ~、自分のことは棚にのってるのが痛いぞ・・・)
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# by yui-aoyama | 2008-12-07 14:19 | 演じる

音の影響を体感する

先日来、
セロ弾きのゴーシュ・・・というお話を
朗読している。

いまいちなセロ弾きを元気づけ、いい弾き手にしようと、
周囲の動物たちが毎晩やってきて、それとなく稽古をつけるという話。
そんな動物たちの思惑などは、一切表では語られないけれど。。。

どうもピンとこないのが、最後の方に出てくるネズミの親子だった。
母ネズミと子ネズミが、セロ弾きのところへ来て、
子ネズミの具合が悪いので、治してくださいというのだ。
治す?と不審がっていたセロ弾きだが、母ネズミに説得される。
子ネズミはセロの胴の中へ入れられ、
不安がる母ネズミをよそに、セロ弾きはそのままゴウゴウとセロを弾く。
セロの胴の中!!!音もすごかっただろうけれど、
その振動もかなりなものだったに違いない。
演奏が終わると、子ネズミはセロから這い出してきて、
しばし呆然とうごかない。
が、急に目を開けて、走り出す。
母ネズミは心配顔だったが、走り出した子ネズミをみて、
ああ、治ったんだと、お礼を言う。

・・・これがピンとこなかった。
本当に治ったのか、実はそうしてセロ弾きを勇気づけようとしたのか・・・・・・。

ところが。
あるハードロックバンドの演奏を聴きに行った時のこと。
日頃から音が爆音というくらい大きい。
その日はさらにボリュームアップ、テンションアップだった。
質の良い生演奏などは、かなり大音量で聞いても大丈夫なのだが、
その時は、さすがに演奏が終わった直後、一瞬耳鳴りがし、頭の芯がぶれている感じだった。
その演奏の最中、突然、「セロ弾き」を思い出した。
「!!!」
ピンとこなかったちぐはぐさが霧消した。

その後の朗読の稽古は、ネズミの親子のところだけではなく、
全ての場面が腑に落ちた。
文字面を追っている時に、話の情景、さらにはその登場するものたちの一挙一動、
心の運びまでが、するっと腑に落ちる。
そうなるとすっかり読むのが楽しくなってしまう!!!

そんな話をその時演奏していた人達に話しても、わかって・・・・・・くれるのかなぁ。
くれないかもなぁ・・・・・・などと考えている。
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# by yui-aoyama | 2008-12-03 00:07 |

公開リーディング(読み合わせ)とメインのコンサートのお知らせ

Festa! Crossroad!

☆ 8月29日金曜日 13:00~
★ JR田町駅下車、徒歩3分。 港区スポーツセンター 第1競技場アリーナ及びロビー
☆ 主催 クロスロードアクターズクラブ

 なんとか、当日本番までこぎつけそうである。 

 ライブ・コンサートの詳細は、
チラシを読んでください。


 私にとってのメインテーマの「公開リーディング」は、

 アリーナではなく、ロビーの一角が会場。

 クロスロードアクターズクラブの20年の公演活動を写真、チラシ、衣裳などで紹介するコーナー。
 そこで、3回、公開リーディング(読み合わせ)をする。

 演目は、さねとうあきら版「銀河鉄道の夜」。

 1回22分という短さなので、超ダイジェスト。

 公演ではなく、読み合わせ。日頃やっている稽古の一端を見せる。

 興味のある方だと、何をやっているかがみえておもしろいだろうと思う。

 マイク等は殆ど使わない。BGMで音源から3曲ほど、タイムドメインのスピーカー、

 Marty101を使って流す程度。 効果音も生音。

   読み合わせの時間は、いまのところ、

   13:50~   15:20~   19:00~

   となっている。 当日の状況等で、やや変更になるかもしれない。

参考までに・・・こんな詳細です。

 

 
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# by yui-aoyama | 2008-08-17 15:39 |

8月28日金曜日 本番

ロックコンサートをやっている会場の脇で、
リーディングをやる。

コンサートがメインで、
主宰の団体の紹介用に設けたコーナーで、
今までの公演履歴を飾った中に、ちょっとした
ステージを作る程度。

今年偶然手に入れた、自然音と楽器演奏のCDを使う。
たまたま手にしたものを組み合わせた時、
曲の長さや構成が、なにげなく演目の構成とタイミングと合っていることがある。

そんなときは、それに載っかってみる。
載っかって、出来る限りのことをやってみる。
そんな中に、新しい発見やら、面白みやらがある。
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# by yui-aoyama | 2008-08-03 12:37 | 朗読

ドラマ・リーディング 初音合わせ

音の詳細と、構成を決めて、稽古場に行った。
ぶっつけ本番で合わせてみた。

ほぼ、考えたことはできた。。。
あとは。

ダイジェストで、22分程度のホン。

だけど、たったそれだけの中に、
やれること、やらなきゃいけないことが
たくさんつまってる。

まだ時間はある。
やれるだけのことはやろうね。
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# by yui-aoyama | 2008-07-17 01:47 | 朗読

リーディングその後

昨夜、リーディング用に台本をまとめた。

もし、出来るなら、来年への梯として。
そうでなくとも、
今まで、やってきたことと、
少なくとも、やっていきたいことを
どこかに記す行動。
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# by yui-aoyama | 2008-06-26 22:54 | 朗読

声と音とリズムと

今週末、金曜日、リーディングの打合せをやる。

リーディング・・・台本を読む試演といったところ。

ある夜、音楽を聴いていて
なにか、ひっかかった。
躰の中にわきあがるもの。

開放されないまま一昼夜がすぎた。
次の夜、
鏡を覗きこんで、ふと、足踏みをした。

どん どどん
どん ど どん
どん ど どん
どん ど どん
ど どん ど どん

能の所作を思い出した。
フラメンコのコンパスを思い出した。

人の躰と心を駆使して
真心を載せて届ける

それが、もともとの芸能。

はじまり
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# by yui-aoyama | 2008-06-11 23:27 | 朗読

仕事を辞めた後の半年間

初めての就職先から退職した後、すぐに英語の演劇をやった。
演劇で英会話をマスターする英会話クラスの集大成のようなイベントセミナーである。

それよりはるか以前に、学生英語劇連盟のモンキーマジックと、PARCO劇場でやっていたヘアーを見て以来、興味津々だった。 だったが親は、自分で稼げるようになってから、なんでも好きにやればいいと言ってたし、学生のアルバイトで手に入れられる金額なんて知れていた。
本当に就職し、一年未満とはいえ、ちゃんと社会人として働いて手にしたお金でビックプロに参加した。 参加が決まってすぐに、実は次の就職先が決まってしまった。。。
すぐに決めるつもりなどなかったのだが、今とは違って、職安が、せっせと仕事を紹介してくれたのだ。  私の履歴を読んで面接をしたいと言ってくれた会社があり、呼び出しが来た。
しぶしぶ、出かけた。。。面接をした。海外営業部の部長と総務の課長。
いくつかやってきた仕事の話を聞かれ、やってきたこと、やれることを話した。
そして、最後になにかあるか・・・と聞かれて、私は「どうしても、英語の勉強がしたいので半年間は、就職できません」と言った。 これだけ言えば、さすがに普通は話がなくなるはずである。
・・・が、世の中、そんなに甘くなかった。
次の日がくるより先に、職安から電話が入り、半年待つので、ぜひ来てくれという。
・・・そんな会社が在ることにも驚いたが、なにしろ、いったい何が気に入ったんだか・・・と悩んだ。

まあ、半年後になる頃には、状況は違っているかもしれないし・・・と、たかをくくり、
それよりも、はじめての大きな英語劇に参加できる!!という気持の方が先に立って、
劇の本番が終わるまでは、すっかり就職のことなど忘れていた。
その時期に、下北沢の昼は軽食喫茶、夜はお酒を出す飲食店でアルバイトをした。
朗読・・・というものに接したのは、実はその店だったと、今思い出した。
簡単なステージがあって、そこで時折、朗読のライブがあった。。。

その英語劇なのだが、今では日本の演劇界でもすっかりおなじみになった、
NYアクターズスタジオのメソッドを演技法に取り入れていた。
これが、かなり面白い。
マジ面白いのだが、当時の私にはキツイ稽古だった。
自意識過剰で、人前でぶっちゃけたことのできない人間だったからである。
そんなヤツが演劇をやりたいってこと自体、考えてみれば矛盾しているし、
実際、自分の無意識と意識には、大きな隔たりがあったな~と思う。

とにかく、自分自身を発見できないと、本当は先に進めないようなメソッドで、
へたなまねごとをすれば、精神的に病む人もいるから、ちゃんと教えてくれる
ところでじゃないとお奨めはしない。自分の感情の記憶を意識して引きだすような
ことをやるから。そこから、役の感情や行動をみつけていくのだ。
人一倍、やりたかったのは確かで、
その気持が行動に移るのを阻害しているのも、他ならない自分だった。

そんなこんなで、メソッドは、私の中で演技の原点に刻みつけられている。
ただし、それと対極と言われる、日本の伝統的な方法というのにも、
いつからか引き込まれていった。これも、かなり面白いものである。
今、私は、どちらのアプローチも、甲乙をつけるようなものではないと思っている。
ケースバイケース。中途半端にやらない限り、どちらからでも行き着くところは、
同じだと思う。 どちらも、自由に表現できる身体と心を培うための方法なのだ。

半年後、私はまたしても、芸とはかんけーない業界へ入ることになる。
・・・この後の会社に居た間の年月は、その後の芸ごとの基礎ともなった。
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# by yui-aoyama | 2008-04-14 23:25 | 演じる