カテゴリ:朗読( 15 )

話したい人がいますか。

前の書き込みの日付は、去年だった。
これっていう活動がなかったからだけど…。
なんだかんだと忙しかった記憶はあっても、
何でそんなに忙しかったかは、よく覚えていない。 (^^;)

朗読にしろ、歌にしろ、声を出すことで何かをやるならば、基礎はしっかりさせないと続かない。
演劇をやっていた時に、中断せざるを得なかったのは腰痛のためで、それはストレスからくる内臓疾患が主因で起きたものだった。
役者ではなく、衣裳製作や脚本書きを主体にしてからは、それほどの腰痛はなくなった。。。
朗読を始めてしばらくしてから、一年365日の朗読ポッドキャストをやった時は、風邪やら、アレルギーやら、疲労やらとあっても、やることに対してのパワーは落ちなかった。1年経った頃、朗読をただ続けているのも、なんだかもどかしくなった。
いろんな試みは、習っていた先生のところでもやったのだけど、何か気持と行動にズレが出てきた。
その頃、仕事で電話対応が増えた。そうして1日に何十本もの電話に受け答えしている間に、声の出し方がわからなくなった。電話対応って、そんなつもりがなくても、ある一定の枠に嵌っていくんだよね…。そのうちに、声が出なくなった。何を読んでもつまらない。読むこと、人に伝えることが苦痛なんだけど、自分でわかっていなかった、どうしてそうなるのかとか…。
いろんなことが重なって、自分はただ自分で在りたいのに…という、実は幼いころからの想いが、どうにもならないくらいになっていた。どちらでもいいことなら、世の中に合わせたり、折り合いをつけてもいいけど、どうして自分にとって大切なことまで嘘にしなければならないんだろう。せめてそれくらいは素直な気持でいたかった。
いろんな歌を聴いたり、話を聞いたり、聴こえてくる様々な音に耳を傾けたり…でも
自分では声を発することはしなかった。

1年半くらい前に、籠から出た。
出てみたら、なんのことはなかった。
とても楽で、心地よい世界だった。
それでも、そこにいる私を、間違っているという人はいる。
でも、嘘ついて、芝居でもないのに演じて生きるのより、ずっと誠実で、真摯なんだけど。嘘をつかれる方がいいのかな…。 どうして?

そうして、あるとき、読みたいなと思って、お話をひとつ読んだ。
声が楽になった。
そうして、あるとき、歌いたいなと思って、頭に浮かんだメロディを歌った。
面白いくらい、流れていた。

そんなこんなで、
声をどう出すか、どう使うかって、人間にとってはとても大切で重要なことなんだとしみじみ思った。

朗読…聴かせることも、読むことを伝えるのも、ごく日常の中からやるのがいい。
子供とお母さんが買い物の道すがら、お父さんとお母さんが夕ご飯時に…、近所の人が井戸端会議で…、午後のサークル活動で…日曜日のボランティアで、月曜日の会社の朝礼で。。。誰かと対話するのは、人の人たる所以なんだ。
物理的に声が出なくても。声となる前の想いは、声出す時と一緒のもので。
違うツールがその人の日常で声となっているのなら、それが声の代わりになる。

朗読…ぼちぼちはじめています。
今週初めに、日本の昔話をラジオ用に録音します。
来月初めの金曜日のお昼過ぎ、かわさきFMでオンエアされる予定です。
次の月には、私が書いたラジオ朗読用の脚本で、プチ朗読劇も…予定されています。





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by yui-aoyama | 2014-08-10 17:59 | 朗読

めずらしく、朗読の公演のお知らせ

突然ですが、

平成24年3月31日(土)の12時から、東京は有明のTFTビルのホール500ってところで、
「渡辺陽一 みんなの朗読コンサート」なるものに、出演します。

先月まではそんなことになるとは決まっていなかったのですが、出ます。

といっても、沢山参加者がいる、手作り朗読コンサートの構成メンバーの一人なので、
気は楽です。

コンサートは一部と二部に分かれていて、それぞれ、同じ演目を違うメンバーでやります。
リーダー(?)は、癒し系戦場カメラマン(??)の渡辺陽一さん。
先日、顔合わせ&読み合わせ稽古で、お会いしましたが、
テレビやインターネットでお見かけする、あのまんまな方でした。。。

渡辺さん以外の出演者は、募集に応募した、小学生からご高齢の方まで、学歴も職歴も人生経験も様々な人々です。
コンサートのタイトル通り、「みんなの」です。
演目は、詩とお話があります。 詩は渡辺陽一さんの朗読CD「Father's Voice」からのもので、とても素敵な詩です。お話は、宮澤賢治や太宰治、夏目漱石、新美南吉と、子供達の方が良く知っている演目です。

シリーズものにすることを意図して開かれるコンサートの第1回目なので、第2回目以降、出てみたいという人は是非参加してみてください。
当日会場に直接行っても入れるかと思います。
当日券は割高なので、イープラスなどで、チケットは販売されているので、前売りをお勧めします。

「渡辺陽一 みんなの朗読コンサート」で検索して詳細を確認してください。
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by yui-aoyama | 2012-03-26 02:41 | 朗読

8月28日金曜日 本番

ロックコンサートをやっている会場の脇で、
リーディングをやる。

コンサートがメインで、
主宰の団体の紹介用に設けたコーナーで、
今までの公演履歴を飾った中に、ちょっとした
ステージを作る程度。

今年偶然手に入れた、自然音と楽器演奏のCDを使う。
たまたま手にしたものを組み合わせた時、
曲の長さや構成が、なにげなく演目の構成とタイミングと合っていることがある。

そんなときは、それに載っかってみる。
載っかって、出来る限りのことをやってみる。
そんな中に、新しい発見やら、面白みやらがある。
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by yui-aoyama | 2008-08-03 12:37 | 朗読

ドラマ・リーディング 初音合わせ

音の詳細と、構成を決めて、稽古場に行った。
ぶっつけ本番で合わせてみた。

ほぼ、考えたことはできた。。。
あとは。

ダイジェストで、22分程度のホン。

だけど、たったそれだけの中に、
やれること、やらなきゃいけないことが
たくさんつまってる。

まだ時間はある。
やれるだけのことはやろうね。
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by yui-aoyama | 2008-07-17 01:47 | 朗読

リーディングその後

昨夜、リーディング用に台本をまとめた。

もし、出来るなら、来年への梯として。
そうでなくとも、
今まで、やってきたことと、
少なくとも、やっていきたいことを
どこかに記す行動。
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by yui-aoyama | 2008-06-26 22:54 | 朗読

声と音とリズムと

今週末、金曜日、リーディングの打合せをやる。

リーディング・・・台本を読む試演といったところ。

ある夜、音楽を聴いていて
なにか、ひっかかった。
躰の中にわきあがるもの。

開放されないまま一昼夜がすぎた。
次の夜、
鏡を覗きこんで、ふと、足踏みをした。

どん どどん
どん ど どん
どん ど どん
どん ど どん
ど どん ど どん

能の所作を思い出した。
フラメンコのコンパスを思い出した。

人の躰と心を駆使して
真心を載せて届ける

それが、もともとの芸能。

はじまり
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by yui-aoyama | 2008-06-11 23:27 | 朗読

ひょんなことから

現在勤めている職場に、福島がふるさとの人がいる。
何かの折に、福島の民話の本とか、方言で語られているお話のCDとか
ないかなぁ・・・などという話をしたことがあった。
なんと、その人はふるさとの友人に、その話をしてくれていた。
ある日、その友人の方から私に手紙が来た。
東京電力が、かつて、福島の小学校や図書館、その他公共の施設向けで、
福島の各地の民話を集めた、CD付の絵本を作って配ったことがあるとのことだった。
今でも、もしかすると手に入る・・・ということで、東電にきいてみては?と、書かれていた。

東電かぁ・・・。たかが、アマチュアの演劇関係に手を染めている人の問いあわせなど、
どれだけとりあってくれるだろうか・・・と思わないでもなかった。
でも、その手紙の文面から、なぜだかやってみるべきだという気がしてきていた。

しばし考えた後、何日か過ぎてから、東京電力のサイトから、問い合わせをした。
それから大分たった。二日前に、ふと、そのことを思い出した。
昨日、昼前に自宅に電話が入った。東京電力からだった。
私は仕事に出ていたので、家族が電話を受けた。
問い合わせていたCD付の本を、送ってくれるということだった。
直接、電話口に出られなかったので、よくわからなかったけれども、
担当の方は、ずいぶんと探してくれたようだった。

今日、その本が届いた。48話も収録されている立派な絵本だった。
あまり知られていない、地方の民話が沢山入っていた。

大切にしようと思う。
ちゃんと活用していこうと思う。
なんだか、ありがたかった。

CD絵本を送ってくれた東京電力の広報の方にも、
お礼状を書こうと思う。

ありがとうございます。大切に使います。
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by yui-aoyama | 2007-12-19 22:50 | 朗読

伝える・・・何を?

もう、半年くらいになるだろうか、太宰治の小説の朗読をレコーディングしていた。
今日、最後まで録り終わったのだが、その後、感想などを話している時に、伝える・・・という作業の面白さに気づいた。

その小説を朗読の台本として読み始めた時、私の周りには、理解できない登場人物の感情に無数の???が踊っていた。
朗読を録りはじめて、その本番最中に、処理しきれない登場人物の台詞になると読めなくなることが多いと気づいた。
頭で考えた登場人物の有り様というのは、実は偽物といっても過言ではない。
登場人物として、読み返していくうちに、ふと、力が抜けているのに気づくことがある。
その時は、すんなりとごく当然のように、言葉が口をついて出てくる。
録音されたそれは、自分が頭でこねくり回した人物の言いようとは違って、語る時のほんのちょっとした澱みまでが、台詞になっている。
そんなことはマレだが、その人物の風体までが、なんだか脳裏に浮かんでくることがある。

そういえば・・・と思う。
ある女性のボーカリストの歌い方は、それを体現しているような感じだった。
好きなバンドのボーカルを聴いていて、違和感を感じる時と、すっかり浸れる時との差にも、単に上手く歌った歌なのか、その歌と歌い手の波長が重なっているかといったことがあるような気がする。

子供の頃から様々な話を聞いたり、読んだりすることを繰り返ししてきたかどうかというのは、実は、とても大切な人間の機能の成長に関わっているのだと気づいた。

心で感じ取ることと、頭で解析することは、まるで別なこと。
どちらも必要なことである。
が、それが違うものであると知っているかいないかで、まるでその後の行動が変わる。

頭で解析した結果を伝えるのは、広く同じコトを伝えるには向いている。
しかし、心の奥底に響く、言葉にならないものを伝えるには、伝える側の心も響いていなければならない。 あたまで構築された観念を伝えても、響きは激減する。

自分の前にいる誰かに、何を伝えるか・・・それを自分自身がわからなければ、すれ違いなどは、あたりまえのように起きる。
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by yui-aoyama | 2007-11-30 23:46 | 朗読

言葉

最近、気になる言葉使いがある。
「~させていただきました。」の類の過剰なへりくだった言い方である。
若者が訳も分からずに、ただ一生懸命使いこなそうとしゃべってではなく、
もう四十を超えた大人までが・・・である。
そんなまでに、へりくだらなければならない状況ではなく、
反対に頼まれて、わざわざやるようなことに対してまで、
「させていただいております」となる。聴いている側が気味悪くなる。
その言い方が十分、どの文章にもついて回ると、聞き苦しいことこの上ない。
仲が悪い者同士での会話だったら、単なる当てつけ、嫌みとなるノリである。
だって、その人の態度は、さっきまで「やってやるよ」だった。
立場から言って、その人は「やってやるよ」でいい人なのに。
低姿勢のいい人であるという公的なアピール?
でないとすれば、状況認識力がない、心を言葉に載せられない。よっぽど人様に頭のあがらないような事をしてきた(?!)そういうことだろうと思う。
言葉とは、心が載ってナンボのものである。
特に日本語は、言葉の意味と違うものや、裏腹なものをわざわざ載せて、
より幅の広い表現を使い分け、微妙なニュアンスを出したりする。
それがおしなべて、馬鹿っ丁寧に表現したら、日本語が台無しである。
本当にへりくだった気持になった時、素直に言葉を発すれば、
そこにちゃんと魂の入った文章が出来てくる。
1人1人がそのように言葉を発し、場の空間に言葉が行き交うようになる=>言霊が幸うようになる…だと思う。

若者が使う「ってゆーか」なども、彼らがちゃんと「というか」「というよりか」等の使い方を分かった上で、わざわざ「ってゆーか」だったら、面白い遊びである。
その点だけで言えば、今時の若者の語感の潜在能力は高いような気がする。
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by yui-aoyama | 2007-02-25 23:53 | 朗読

民話朗読365日完了

平成18年のお正月から始めた朗読のポッドキャストが、
去年の大晦日で、一応の完結となった。 365日分である。
途中、旅行に行ったりして、インターネット環境や録音環境にない時には、
事前に不在日数分のデータをアップロードしていたけれど。

お正月の二日間、お休みをした。

始めた時に比べたら、ずいぶんかまなくなったし、
声のコントロールもマシになった。

今年は、なにがなんでも・・・ではなく、
本当に読みたいもの、
心にとまったもの、
を心がけたいと思う。

途中、いくつか、民話ではないものも載せた。
そういう、様々なお話や詩などもやりたいし、
声を音の一つとしてとらえたものもやってみたい。

まったくの声だけの演劇(ドラマ)も、惹かれるものがある。
琵琶法師のようなものや、
吟遊詩人のような語り、
それらがどのように成り立っているのかも興味がある。

自然に・・・というか、自然のように届けるのは、
無理かなぁ・・・、イメージな話すぎるけど。。。
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by yui-aoyama | 2007-01-05 01:20 | 朗読