稽古をしててのいろいろ

朝から子供達の稽古。

ひさしぶりに複数でやれる!!

一対一の稽古は、細かく見ていける利点はあるけれど、

子供は一人で芝居をしたり、読んだりということは少ない。

できれば、複数で共同作業をできる方が楽しいし、為になる。

(子供の頃、共同作業が本当は苦手だった私がこんなことを言うようになるって……面白い)



子供というのは、本当に成長が目に見えて早い。文字通り目に見える。

相手と目が合うと、照れて笑ってしまって、うまく台詞を返せない。

なぜ照れて言えないとやり直しさせられるか・・・・・・を話す。

たとえば・・・・・・

さっき、私が真剣に相手に伝えることをまず第1目的にするのは決して忘れてはいけないと話した時には、目があっても笑わなかったでしょ?それは、真面目な話だって、笑ってちゃいけないなって感じるんだよね。自分も笑わない気持になってるはず。 お芝居は本当のことではないけれど、真面目な話をしているってのを本当のことのように観ている人に伝えなきゃいけない。だとしたら、舞台の上にいる人は本気になって、台詞でやりとりをしなきゃだめだよね。お芝居の内容以外で、リアクションしたら、集中できてないってこと。 最低限それはできないと、それ以上のことはなにもできない。で、お芝居を創る醍醐味ってのは、その先にあるんだよね。せっかくわざわざ稽古しにきてるんだから、その先までいかなきゃ、つまんないでしょ?

・・・・・・実はこれ、芝居に拘わらず・・・である。芝居・朗読、会議やプレゼン、音楽・・・。

人が人間であるのは、1人1人の間に何かしらの違いや距離があって、それを越えて交流をするからだと、昔どこかで聞いた。 楽しい、面白いということと、交流する相手に対する誠意、真心というのは、相反するものではない。

数ヶ月~半年くらいの間に、スルッと変わっていく子供達。

何をやりたいの?と聞いても「う~ん・・・」と口ごもっていた子が、「お芝居」だの「朗読」だのと言い出す。 本当のところ、はじめは大人が望む答えを言わなきゃと思っていたフシもある。 

実際にそれをやれるかはともかく、まずはその時点で自分が何をしたいかをみつけることは、とても大切なことだ。自分がどっちを向くか、どこに立っているかを知らなければ、やりたいコトへの道はムダに長くなる。遊び・豊かさの為のムダは大切だけれども、闇雲に進むムダはなくてもいい。

(あ~、自分のことは棚にのってるのが痛いぞ・・・)
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by yui-aoyama | 2008-12-07 14:19 | 演じる
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