言葉

最近、気になる言葉使いがある。
「~させていただきました。」の類の過剰なへりくだった言い方である。
若者が訳も分からずに、ただ一生懸命使いこなそうとしゃべってではなく、
もう四十を超えた大人までが・・・である。
そんなまでに、へりくだらなければならない状況ではなく、
反対に頼まれて、わざわざやるようなことに対してまで、
「させていただいております」となる。聴いている側が気味悪くなる。
その言い方が十分、どの文章にもついて回ると、聞き苦しいことこの上ない。
仲が悪い者同士での会話だったら、単なる当てつけ、嫌みとなるノリである。
だって、その人の態度は、さっきまで「やってやるよ」だった。
立場から言って、その人は「やってやるよ」でいい人なのに。
低姿勢のいい人であるという公的なアピール?
でないとすれば、状況認識力がない、心を言葉に載せられない。よっぽど人様に頭のあがらないような事をしてきた(?!)そういうことだろうと思う。
言葉とは、心が載ってナンボのものである。
特に日本語は、言葉の意味と違うものや、裏腹なものをわざわざ載せて、
より幅の広い表現を使い分け、微妙なニュアンスを出したりする。
それがおしなべて、馬鹿っ丁寧に表現したら、日本語が台無しである。
本当にへりくだった気持になった時、素直に言葉を発すれば、
そこにちゃんと魂の入った文章が出来てくる。
1人1人がそのように言葉を発し、場の空間に言葉が行き交うようになる=>言霊が幸うようになる…だと思う。

若者が使う「ってゆーか」なども、彼らがちゃんと「というか」「というよりか」等の使い方を分かった上で、わざわざ「ってゆーか」だったら、面白い遊びである。
その点だけで言えば、今時の若者の語感の潜在能力は高いような気がする。
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by yui-aoyama | 2007-02-25 23:53 | 朗読
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