発信と受信

年賀状で、今年の夏の公演用に、こういうのを書いていると数人に言った。
ある日、いとこからケータイメールが届いた
親戚関係から、メールが届くなどということは、めったにないことなので、
何かと思ったら、その台本のことで、思い出した・・・と、外国の童謡の楽譜を持っているのだが、いらないかということだった。
劇で使えるかはともかく、興味が沸いたので、送ってもらうことにした。

何かをほんの一言発するだけで、変わることがある。
演劇・ドラマの世界では、それを誇張してみせたりして、
見る人に「おおっ、ドラマだぁ~」と思わせたりする。
又、ほんの一言を発さなかった故に・・・ということもある。
その結果は、もちろん様々で、いいこともあれば、わるいこともある。

人はどこか寄りかかって生きているものらしい。
だからこそ、自立の心構えは必須なのだが。
お互いに、何かを発したり、受け取ったりしながら、
可変な空間を創りだしている生き物だ。

誰かが発したシグナルは、ちゃんと受けとめる気概をもっていなければ・・・と、脚本なぞ書いていると思うことが多くなる。
なんたって、ヘタすると2時間くらい、じっと劇をみてもらうのである。
こんなありがたいことはない。
席を立たずに見終わったお客様には、頭が下がる。
様々なリアクションを残してお客様が帰った後、そのリアクションを噛みしめて、一喜一憂するのも、脚本書きの仕事である。
だから、自分も「最初に受け取る側」の時は、ちゃんとうけとめようと思う。

それは気を使って、適当に誉めておくとか、とにかく励ますとか、
そんなことではなく、感じたこと、思ったことをちゃんと伝えようとすること。
恨まれることもあるかもしれないけれど、喜んでもらえることもあるから。

客と演じ手というだけではなく、友達、親子、恋人、兄弟、取引相手等、
人と人が会った時には、発信と受信がある。
それをおろそかにしてはいけない。人が人であるために。
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by yui-aoyama | 2007-02-03 11:53 | 徒然
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